モンスターペイシェント
経験をそれなりに積んである程度自信もついてきた中で、消化器内科に移動して2年くらいした時でした。
社会的地位も高く、かなり癖のある患者が終末期で入院してきていました。もともと高圧的なところも見え隠れしていたので、私も対応要注意にしていました。
普段は
「ありがとう。本当こんなで情けないよ。」
などと言ってきて弱々しくしている事もありましたが、ちょっとでも自分が思っていたのと違う事があったり、我慢しなくてはいけない事があると急にスイッチを入れて怒鳴り散らしていました。
すごい剣幕で「だーかーらー!言ってるだろぉ?!口答えなんか聞きたくないんだよっ!!!ああぁあー!もぉー!!!行けよっ!」
とほぼヤクザです。
手が出ないだけで殴られるのではないかと思うほどの剣幕で、まぁほぼ暴力でした。何度か私も被害にあいましたが、なんとかやり過ごしていました。
確かに痛みも出てましたし、思うように動かなくて精神的に辛いことはもちろんだと思います。消化器系の癌だったので痛みも独特で辛かったと思います。
私は今まで何百人も相手にして、経験を積んでそれなりに対応や実力を買われてその病棟に行ったので、その事も理解したつもりであの手この手で行きましたが変わりませんでした。
優しく何でも言う事を聞いてもダメ、ちょっと待たせてもダメ、どこにスイッチがあるのかさっぱり分からずかなりの患者に対する拒否反応が出始めていた頃でした。
そんな患者だったので、みんな被害に遭わないために十分な人数でトイレの介助に入っていました。その日は4人くらいで挑んだと思います。
私は関わりたくなかったので、患者からは見えない後ろの介助に回り、声かけや表情を見る役割を放棄していました。
他のスタッフが
「行きますよ?ではいち、にの、さんっ!」
と声をかけてくれてタイミングも上手く合わせられて患者を持ち上げたのですが
「あーダメダメっ!だめだよー!もぉお!!!チッ。」
と。そして、
「後ろの奴、声が出てないんだよっ!!!っんたくよぉー!」
と。終いにとばっちりです。
私が声を出したら煩いだ、合わないだまたスイッチを入れかねないと思い黙っていたのに声が出てないって。
部活かっ!!
出したら何が違うのか教えてくれっ!!と思いわなわなしていましたが、「はい、すみません。」の一言だけなんとか絞り出しました。
その患者は「チッ。」と返事をしてくれました。
私も人間です。
患者が経験していない私には分からない痛みや恐怖や苦しみをたくさんたくさん抱えていると、経験上痛いほど私も当たられてそれも仕方ないと思ってきた事も山ほどです。
でも、私にも人権があって、その人から罵倒されるためにこの仕事を始めたわけではありません。こちらに落ち度があるときは仕方がありません。タイミングもあるでしょう。
しかしこちらが良かれと思って足を車椅子に乗せてあげようと足を触っても怒られ、体を拭こうと声をかけながらやっているにも関わらず急に違うと怒鳴られ、出したご飯の事で怒鳴られ、他のスタッフに怒っているのを宥めすかして「あんたならいいよ。」と信頼関係があるできたのかと思いきやこの始末でした。
十何年もこの仕事を一生懸命やってきて、看護師としていけないと分かっていますが、嫌いで嫌いで仕方ないと記憶に残っている患者はこの患者ただ1人です。
うちの病棟の全スタッフが疲れ果て、中には部屋に入らなくなった看護師もいました。そんな疲弊した関係の中、さすがのこの患者は亡くなった後奥さんに頼んで
「感謝っっっ!!!! ○○より?」
と印字されたタオルを全スタッフに送ってくれました。
この状況でもこの患者を許せなかった自分が看護師やめようかなと初めて思った瞬間でした。